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いき、かえる (1)
十五年勤めた会社に辞表を出したという夫・弘が、突然宣言した。
 「俺は、脱サラして蕎麦屋をやる」
 
 ぽかーんとする聡子を他所に、彼の決意表明は続く。
「まずは、美味い蕎麦の味を覚えようと思う。俺はこれから東京に行って来るから」
 弘の言葉も、どこか現実味に欠け。
「何言ってるの? 正気なの? ねえ、私達は?」
 とりあえず事情だけでも説明してもらわなければならないと後を追う聡子に、
「大丈夫。二週間で戻る。俺は、蕎麦マスターになるぜ」
 何ともアホらしい言葉を残し、玄関の扉が閉まった。
 それが、一週間と二日前だ。

 それからというもの、毎日送られてくるメールに怒りの言葉を返していたのも最初だけ。あっけらかんとした夫の態度に、聡子はもはや諦めに似たものを感じ始めていた。きっかり八時半に届くそのメール以外に何の連絡も寄越そうとしない弘は、一体何を考えているのだろう。妻にひと言の相談も無く会社を辞め、それを「男のロマンだ」等と言った日にはタダでは済まさない、と思う。
 弘が東京のどこに行ったのか、聡子にはだいたいの察しがついていた。深大寺だ。
 東京の大学に在学中、好物の蕎麦を食べにちょくちょく深大寺まで出掛けていたというのは彼から聞いて知っていた。
『前にも言ったと思うけど、とにかく凄い数の蕎麦屋なんだ。毎日こんなに蕎麦が食べられるなんて、俺は凄く幸せだ』
『どの店も、つゆの味が少しずつ違う。俺は、今日の店が今のところ一番かな。さらっとしていて、しかし、飽きない。もう一枚食べたいって思わせるんだ』
『今日の店は、麺が最高! コシといい、のど越しといい、記憶のまんまだ。本当に美味い!』
 まるで、子供のようなはしゃぎよう。メールの返信を打ちながら、聡子は溜息をつく。
『毎日、お蕎麦を食べているのですか。たまには、野菜やお肉も食べて下さい』
 メールはそんなそっけない文章になった。帰ってきて体でも壊されては堪らない。自分が勤める花屋のパートだけでは到底家計を維持できないのだから、弘にだって積極的に職探しに出てもらわなければならないのに。……本音を言えば「離婚」の二文字だって、頭をかすめ無くもない。
『大丈夫! 食べ歩きも兼ねて、かなりの量を散歩しているから。ここは、いいよ。緑も多い。都会でこんなに美味しい空気を吸えるとは思わなかった』
 だったら、そのメタボ化しつつある体型を少しでも改善してきなさい、と聡子は言いたくなる。
 高校の同級生で弘の大学卒業と同時に結婚したふたりだったが、弘は着々と腹周りの贅肉を増やし、高校球児だった頃のさわやかな面影はどこを探しても無い。お互い様なのだから仕方の無い事だとは思えど、中年らしい肉付きになった夫の背中を眺める聡子は昔をつい懐かしんだりする。






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いき、かえる (2)

「ねえお母さん、お父さん、いつ帰ってくるの?」
 一人娘の花菜(かな)は、今年中学生になった。いずれ進学を望む彼女にとっても、父親の脱サラは大きな事件らしい。
「さあねえ。……何、あんた寂しいの?」
「まさか。お父さんがいないのは、いつもと一緒。ただ、こっちにも色々とツゴウがありますから」
 水色のパジャマが、冷蔵庫から麦茶を取り出している。確かに思春期に入って父親との距離を取りつつある彼女には、父親の不在は歓迎すべきものらしい。弘が聞いたら、さぞ悲しむことだろうが。
「お父さん、そんなに家にいなかった?」
「そうよ。ウチは、週末家族ですら無いでしょ。同じ家にいるけど、ほとんど顔合わせたことないもの」
 「週末家族」とは、面白い事を言う。
 野球に一途だった少年は、会社に一途なサラリーマンになった。業績につれ肩書きも上がり、経済的な面でなんら不満は無かったけれど、日曜日ですら家に居ない弘に聡子はいつしか何も期待しなくなっていた。

『聡子、花菜、元気か? こっちの蕎麦屋さんの歴史はすごいよ。みんな、先代からの味をしっかりと受け継いでるんだ。親子とはとても思えないほどの厳しい修行をして、美味い味を守っていくんだと』
 メールの文面は、饒舌だ。毎晩疲れた顔をして帰宅し、家では笑顔すら見せなくなっていた夫と同一人物とは思えないほど。
 夫婦の会話が無いと気付いた頃には、既に取り返しのつかない時期に来ていた。会社で戦い、ぼろぼろになって眠るだけの場所。弘にとって、家とはいつからそんな存在になってしまったのか。
『花菜が、いつ帰ってくるのかと聞いています』
 「自分が」聞いているように思われるのは癪なので、聡子はちょっとした意地を張る。
『あと、二、三日で帰るよ。もう少しで、全軒制覇するんだ。色々なつゆの味、麺の違いがある事が解ったよ。今なら俺、グルメ本だって書けそうだ』
 その情熱は、どこから来るの? 本当に、いつもの貴方なの。聡子は心の中でだけ尋ねる。
『そう。お腹壊さない様に、気をつけてね』
『ばーか。蕎麦は消化が良い、健康の面でも優れた食べ物なんだぞ』
 はいはい、そうですか。
 もはや脱力するしか無い。話し合いは弘が戻ってからになるだろうと、痛むこめかみを揉み込んだ。




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いき、かえる (3)
 弘が帰るという約束をした二週間まで、あと一日。恒例となってしまったメールを待ちながら、聡子は家のソファに座っていた。花菜は自分の部屋に篭って勉強しているし、考えてみれば、弘が家にいた頃となんら変わり無い。ただテレビだけが、画面から乾いた笑い声を立てている。
 軽やかな音がして、机に置いた携帯がメールの受信を知らせる。
 パチン、と携帯を開く聡子。夫婦の決戦は明日になるかしら、とディスプレイを見つめた目が、大きくなる。
『今日は、植物園に行ってきたよ。知っているかい? ここには薔薇が沢山あるんだよ。すっごい薔薇』
 薔薇? そんなものを眺める趣味が夫にあっただろうか。聡子はますます夫という存在が解らなくなる。趣味も無く、たまの休日も横になって寝ているだけ。たまに聡子が店の売れ残りの花を持ち帰って花瓶に生けても、話題にすらしなかったのに。
『それ見たらさ、聡子を思い出した。いつだったか仕事で薔薇の棘を取って、掌を傷だらけにしていただろ?』
 薔薇を売る時、棘を取るのも花屋の仕事だ。以前ちょっとしたドジで、手を傷めてしまった事がある。しかし弘はそれを知っていたのだろうか。聡子の心臓がドクドクとうるさい音を立て始める。
『聡子、頑張ってくれてるんだ、って思ったんだ。でも、俺はそのままにしてしまった。ごめんな。大丈夫か、いつもありがとう。あんまり無理するなよ。って言ってやれば良かったんだよな。』
 思わず息を呑んだ聡子の目から、溢れ出す熱いものがある。
 結婚して十五年。自分達は、何を無くしてしまっていたのだろう。互いの顔を見ることすら忘れ、相手を思い遣ることも無く。自分だってここ何年もの間、弘に優しい言葉のひとつもかけてやった事があったろうか。
『今まで迷惑かけて、すまない。これからも、一緒に居て欲しい。俺達の大事な「花」を二人で育てて行こう』
 花が好きな聡子。だったら、と言って弘が考えてくれた子供の名前が「花菜」だった。
「馬鹿ねえ、そういう事は、直接言ってくれなきゃ」
 ずず、っと鼻を啜り上げながら、ボックスティッシュを引き寄せる。メールには、写メが添付されているようだ。ティッシュで鼻を押さえながらファイルを開けば、満面の笑みを浮かべた弘の顔。隣に映るのはどこかの店主だろうか。店先にかかる暖簾の下で、肩を組んでいる。
 それは、いつか青空の下で見た、野球少年の顔。
 あの頃と同じ。純粋に、ひたむきに、自分の夢に向かっていこうとする弘の顔だった。

 蕎麦の美味い土地には、美しい水が流れるという。かつて、弘が教えてくれたことだ。
 清流に洗われ、弘も何かを思い出したのかもしれない。ずっと昔に無くしたはずのもの。萎れた花が息を吹き返すように、人の心もまた。
 手を取り合って向かう明日へ。ふたりに取って大切なものが、きっとひとつ増えるから。


「店の名前は《ホームラン軒》でいいかな」
 でもそれじゃあラーメン屋さんみたいよね、と思いながら、聡子は携帯の通話ボタンを押した。 




<いき、かえる> 了


 

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